道と動線・路地性​ Road and architecture / alley

~  編集中  ~

このページでは提案要素ごとに参考作品をカテゴライズを行っています。

​対象作品は全国建築学生賞、全国卒業設計賞、JIA修士設計展、トウキョウ建築コレクション、せんだいデザインリーグ、荒レンガ卒業設計展、全国合同設計展、中部卒業設計展、ディプロマ京都、デザインレビュー、長谷工コンペティション、ダイワハウスコンペティション、ERI学生コンペ、大東建託コンペティション、フューリックコンペティション、パブリックスペースコンペティションです。そのほか、関連の動画、書籍、雑誌、建築物もカテゴライズを行い、最大級最先端、最高技術の建築設計プラットフォームを目指します。

みちに寄り添う、みちにある家
- 生活空間における「みち」と建築の境界の三つの再考を通じた、地方都市群馬県前橋市中心市街地への提案 -

作品概要

本研究・設計は、かつての日本の生活空間における「みち」の風景を現代・未来的再考から取り戻そうとすることに尽きるものである。

山奥の田舎で育った私は、多様な因子と呼応することで、何かを想起させたり、引き起こしたりしてくれる「みち」の風景と常に共であった。現在の「みち」と建築が断絶している関係性に対し、未だ法規的にも人の生活上でも切っても切り離せない両者の在り方を改めて問い直すべきではないかと考えたのがはじまりである。

研究プロセスとして、「みち」と建築における本来の在り方・意味性を再解釈し、「みち」と建築のインターフェースとなる三つ要素の再考(領域的な役割「閾」、機能的な役割「玄関」、物理的な役割「壁、屋根」)からそれぞれ方法論(統一性のある雑多さ、ミチテラス、屋根壁)を抽出した。

それらを用い、街の生活インフラとなる通り抜け路地、未だ根強い地縁社会の基盤など、地方都市が本研究・設計を示す上で有効的な基盤を築いていることを見出し、群馬県前橋市中心市街地をケーススタディとして施設・店舗兼集合住宅の設計を行った。

「みち」と建築が新たな関係性を築くことで、そこには様々な分節をしなやかに繋ぐ多様で豊かな風景が広がっていく。更に、本設計手法論が多様なふるまいによる汎用性と街へと派生していくビジョンを示唆することで普遍性を獲得し、他の地方都市や未だ課題の残る木造密集地などで応用可能であることを示した。

集合住宅から生まれかわるマチ - 街路性を内包する集合住宅を核とした段階的マチの更新手法 -

作品概要

都市の中には昔からの営みや町並みを残す町が存在する。そのような町においても集合住宅は単体として町の中へ入り込み、既存の町の魅力を破壊する。集合住宅はマチに対してどのような存在になりえるか。マチと共に再考していく必要がある。
 本計画では昔からの町並みの残る墨田区京島の木密市街地において,老朽化した木賃アパートの建て替えを核とし、住環境を改善していく段階的更新手法を提案する。マチの中に集合住宅を核としてマチの更新を行なうための小さな群をつくる。この新しい住宅群を【クラスター】と呼ぶ。核となる集合住宅は最小拡幅と耐火性の向上、立体街路による新街路の創出を行い、クラスターは建て替え可能範囲となる。核となる集合住宅は連結建て替えを段階的に行うことでクラスターを広げることができ、小さなクラスター同士が次第に広がり,つながっていく事でマチ全体を更新していく。さらにマチを取り込むため2つの要素、Façade box,拡張余地を用いることで京島らしさを継承する。
 縮退する都市において経済論理支配された集合住宅は今なおつくられ続ける。集合住宅はマチを救うものになり得る。集合住宅がマチを生まれかわらせていくひとつの可能性をここに示す。

路地型高層居住  - 低層高密居住地域と連続する高層住宅のオルタナティブ - 

近年の日本における再開発では、地域の空間特性や生活環境への配慮に欠けた高層マンション開発の建設が多い。またこれらのマンションでは経済採算性が重視され、均質な共用部、住戸が計画される傾向にある。東京都心に見られる伝統的な下町を含む戸建て住宅地域においてもこの傾向は見られ、再開発された高層マンションでは従来の戸建て住宅地と比べて住民同士のコミュニケーションが希薄になり、関係性が失われつつある。 
 本計画では、こうした状況が多く見られる東京都東部の沿岸部のうち、伝統的な下町の路地空間が多く残されている墨田区京島地区を対象に、2010年に竣工した高層高密度の集合住宅のオルタナティブを提案した。

 対象地区の空間特色を担う路地と住宅のコミュニティに関わる住戸に焦点をあて、地域固有の建築言語である「京島のパタン・ランゲージ」を作成する。これらを従来の高層住宅の形式を動線・全体形状・構造の3つの観点から新たに見出した立体路地型の構成システムに適用する。すべての住戸は性格を持った路地に面し、その接触面に住宅の表出のパタンを組み込むことで、高層居住において生活感を失わない。地区特有の生活が表出する低層高密居住地域の路地を内部空間に立体的に連続させつつ、高密度な居住を可能とする高層集合住宅を目指した。

飛鳥山裏町 境界層の連なりによる街並み

都市空間には、通常建物内で行なわれる活動を外部に拡張した建物が多くみられる。また、商店街では商業・歩行空間の性質に加え、商品を見る/見せるといった展示空間の性質が生じる。建物内外のこうした関係は、単に建築を開放的にするだけでなく、滞留や通過といった人々の活動を促し、街並みに賑わいを生み出していると思われる。そこで本計画では、建物の外側に内部の用途が現れている領域を「境界層」と捉え、これらが連鎖することで成立する街並みを設計する。
 敷地は、都電荒川線飛鳥山停留所付近とする。飛鳥山公園や史料館が隣接する穏やかな住宅地であるが、軌道により分断されることで裏的な性格の強い地域となっている。ここに、建物内外の境界を意識せずに行き来できる、住宅と小規模な商業・公共施設からなる街並みを計画する。
 1階部分では、境界層を広場や路地に面させることで、人々の滞留と通過を促す。2階以上のフロアーには、数種類の住居タイプを計画し、店舗、停留所、学校の3つのエリアに配置する。店舗エリアには、バルコニーや吹抜けを共有し、線路に隣接した多方向からの採光が可能な住居を配置する。停留所エリアには、外部吹抜けに面して複数の開口をもつ住居を、また学校エリアには大きな開口をもつ住居を、それぞれ配置する。これらを通して、既存の街並みに潜む賑わいや穏やかさといった雰囲気を残しつつ、気軽に立ち寄ることのできる街並みを構想する。

ミチの建築 —現状分析に基づくホスピスの提案—

場が連続して展開する空間に興味を抱いてきた。それは、建築に写真や映像では表現できない、実際に体験することで得られる魅力が秘められているからである。
卒業した時の最後の教室で過ごす時間は、実際に自分の足で教室や校舎を歩いて風景を感じ、自分の経験としてそれを獲得する行為であり、とても重要な行為となる。 本計画は、柔らかい光に包まれたシークエンシャルな空間で、自らの居場所を選びながら生活を送る事ができるホスピスであり、余命を宣告された人にとっての風景を演出した提案である。
ホスピスとは、末期がんの患者が、残された時間を自分らしく過ごせるように、痛みなどを取り除く医療が行われる病院の事である。そこでは、治療が目的の一般病院とは異なり、食事や外出、面会などが全て自由で、家のような生活が送れる様な配慮がなされている。
敷地は高田馬場駅から徒歩15分程の住宅街の一画に位置し、その中では静かな療養環境が保たれる。また、歩いてすぐの所に商業施設が多くあることから、健康な人が送る本来の日常的な生活を送る事も可能である。つまり、高田馬場は療養する事と、日常生活を送る事が両立できる場所である。
一人でも、皆と一緒でもいられる場所が連続的に続く病院を計画することで、患者とその家族の生活の質が向上する事を目指した。

香具礼場所 -かぐればしょ-

現在では高層マンションの増加により街が均質化され,コミュニティは希薄化している.しかし,かつての下町には路地にモノが溢れ,モノが建物の一部となり,そのモノが空間を共有し隣家との距離感を緩く保つことで,人情あふれる環境を構築していた.そんな下町での通路や階段,玄関先で行われていた人の助け合いやモノを共有する環境を「蔵」として空間化することで,モノを中心に人が集まり,コミュニティとしての下町風景を現代に再構築できるのではないかと考えた.

常の樹- 伝え紡ぐ暮らし -

伝統を感じられない日本の現代の集合住宅のあり方に疑問を感じ,今の時代だからこそ実現し得る木造建築を,そこで生まれるコミュニティを含めて,日本の集合住宅とした.余白としてある道は偶発を誘発し,日本にあるべき古きよき風景を演出する.木質の町並みの赴きある風情と,そこに暮らす人びとの生活で彩られた世界は,ここでの生活,生業,人と人との繋がりのすべてを刻み,ここでの暮らしを伝え紡いでいく.

奥の小路

かつて道には文化が溢れていた.滲み出す生活感,近所のおばさんとの立ち話,走り回る子ども,何気ない暮らしを道が彩っていた.そのように狭い場所でも日本人はうまくスペースを生み出し住みこなしてきた.そんな日本独特の都市空間を各住居を貫通する小路として取り込み,暮らしに奥行をもたせた集合住宅を考えた.生活領域に余白を設け,隣人との関わりの中で,暮らしを共有し領域をつくっていく.ひとつの街のような,ひとつの家族のような,新たな関係性を持つ集合住宅.

わたろうか つながろうか

部屋と部屋をつなぐ廊下で人と人をつなぐ集合住宅の提案である.人は,歳を重ねて暮らすうちに生活は一定となり一人の時間が増え,周囲とのコミュニケーションも減少してくる.そこで,住戸の部屋と廊下を分解し,廊下を中心として,両端に部屋を配置することで移動距離を長くした.廊下の長くなった住戸が連続することで左右の住人との関係が生まれ廊下がコミュニティーの場へと変化する.また,廊下に敷地の傾斜にあわせて勾配をつけることで1住戸内でも床レベルに差ができ,その傾きに意識がいく.傾きに意識がいくことにより,移動時に上下への視線の動きが生まれ,上下階との関わりのきっかけとなる.廊下を移動するだけで上下左右の様々な生活スタイルが互いに影響しあい,より活動的になり,日々新たな発見があるだろう.

道の際を暮らす

道から新たに生まれ変わる集合住宅の提案.商店街を構成するひとつひとつの建築が道を囲い取るようにその立面を拡張していくことで,道との接続を多様にまとった「道際」を形成していく.一続きの道に対して個々の建築が独自に関係性を持つことによって,道の際は人々のための出会い,交流のための居場所となり,道の際で新たな暮らしが生まれる.

道を縫う家、にじむ暮らし。

道は「出会い」の魅力を持つ場である.向こう三軒両隣といった地方の親密なコミュニティは,道端での出会いから生まれた.私たちは身近で小さな関係を大切にする地方の暮らしを尊重し,小さな出会いが連鎖するような集合住宅によってストリートを再生させようと考えた.この集合住宅は道空間と住空間が互いを縫い合わせるように干渉し合う.各戸の敷地が道をまたぐことで個々の暮らしが道ににじみ出す.逆に各戸の間を道が侵食することでコの字型の共有部が生まれ,隣り合う住人同士のコミュニティを育む.道をまたぎ縫うように連なる集合住宅によって,地方のストリートは暮らしの風景を幾重にもまとい,出会いの連鎖を生み出す場として再生される.

街まとう宿 —動く壁が織りなす2つのストーリーの共生—

街を賑わせる「観光」は私たちにさまざまな出会いの魅力を教えてくれる.しかし,多くの旅行客は街並みを眺めるような表面的な観光のみで,その土地で育まれてきた歴史や文化を充分に堪能できていないのではないか.そこで今回私は,ゲストハウスと商店街を合わせた集合住宅を提案する.住人と宿泊者であるゲストの生活や時間に合わせて可変する壁が動き,内側に路地のような拡がりを生み出すことで,住人やゲスト,そして街が共生する集合住宅となる.住人やゲストといった多様な人々が訪れ,出会い,共有する.そして,ふたつのストーリーは交じり,融合し,ストリートに人々の生活をまとった新たな風景を生み出す.

“穴”がつくる街という建築

街を歩いている時,小道に入ると小さな“穴”の中に入っていくように感じる.またその“穴”はひとつの街ともうひとつの街を繋ぐどちらでもない場所である.街はそのようなどちらでもない場所によって途切れなく繋がっているものではないか.場所と場所,ものとものを結ぶ“穴”の中で生活することを考える.本計画では“穴”を場所と場所を繋ぐものとして捉え,敷地内部と外部環境を関係づける装置として設えた.コンクリートの“穴”は周りのスケールを考慮し,敷地の内側に行くにつれてスケールを小さくしていった.木造の“穴”は外部の機能や用途を考慮して人と人を繋ぐコミュニケーションの装置として設えた.これらの“穴”を通して様々な環境の中を横断していく.

彩られる空隙 —ちいさな生活から街をつくる—

過去には集合住宅は小さな街として自立しつつ,街とも上手に接続されていた.それは単純に建築のスケールの問題だけでなく,人々の暮らし方のスケールが細かく互いにリアクションし合っていたからである.街っぽさとはいわば,それらが集合することで生まれていた.本案では100戸の住戸に絡みつく路地・階段・踊り場という建築の空隙を拡大することで,ちいさな生活の行為やものの集積を,街へと表出させることを意図した.集合住宅において生活動線に過ぎなかった場所が生活の舞台へと変わり,住人たちの小さく,そして多様な住まい方で彩られていく.

窓の坪庭

木造密集地帯の重要な特徴は,住戸間の細い路地とたくさんの植物である.人々は植物を家の前に並べることを好み,外部との間に緩いレイヤーを形成し,家がよく見えるように飾る.そこで私は,そうした家の前の植物を含め,冬にサンルームとして使用できる新しい窓の形式を提案する.家の前に溢れていた植物は建物に取り込まれて「窓の坪庭」が形成され,内外の緩衝帯となり,窓を通して生活の一部が街路へと溢れ出る.窓空間は植物のみならず,住人の団欒の場や,洗濯物を干す場所としても機能し,住人の生活をさまざまな面で補います.この窓から各々の住人の多種多様な生活感が滲み出し,街っぽさのある集合住宅が生まれる.

のうぎょう×

田舎の風景や農業を営む生活の要素を建築に取り込むことで,現代の個人の関係性が希薄になった社会にコミュニティを生み出すことができないかと考えた.部屋と部屋の間に,あぜ道のような土間ともなるような道を通し,プライベートとパブリックの空間をゆるやかに繋ぐ.また一方で,晴れの日に備え付けのハシゴで屋根の上に登れば,田舎で見た空のような開けた大きな空が広がる.田んぼや畑は農作業をする大切な場所であり,また,住人たちに季節ごとの顔を見せる.まるで田舎の集落のように農業と人と地域が十人十色の関わり方で繋がる,そんな集合住宅のあり方を提案する.

都市に寄り添う道の家

海外が広場から空間構成を行い,都市計画を築いてきた事に対し,日本は路地から都市を形成してきた.本計画はその路地を再構築,再編成し新たな路地空間を形成し,希薄化しつつある他者とのコミュニティに新たなきっかけとなる空間を築くことを考えた.ある土地で建て替えを行う場合,二項道路の法によりそこに建つ建築はセットバックを要さなければならず,こうして路地は少しずつ姿を消してきた.今回の敷地はある程度大きな敷地面積を保有しており大規模建て替えから路地を構成し,消失しつつある路地という日本本来の伝統的空間にあらたな付加価値を付けそこに大規模建て替えの意味を見いだす事を目標とする.

900mの記憶の壁と336の風景の扉

現在という時間の中でふっと思い出す過去に経験したこと.それは記憶という名の原風景.僕たちはいつもその中に身を預けています.今までの記憶を創っていたものは,家が建ち並ぶ風景であったり,家の間がつくる路地や商店街を歩いたりする体験からできたもの.その他に,家の中から溢れ出してきた生活の一部もそうです.そのようにいろんなものが集まることで, ここでの記憶が創られてきました.記憶を消して一から創るのではなく,記憶を感じさせつつも新たな風景を創り出し,未来へつなぐための集合住宅の提案です.

​道に住まう、道にある家

人が呼吸する対象がさまざまな物質が流れている空気であるならば、建築は多様なもので溢れかえる「みち」ではないだろうか。人や動物、風や光、音や視線...そんな「みち」を家が上手く吸い込むことができるなら、常に多様な因子で溢れかえり、普段の生活より豊かになるのではないか。「みち」を吸い込み、「みち」に寄り添う家、あたかも「みち」の上に建っているような家を提案する。街の生活インフラの延長としての「みち」を家の中に引き込み、屋根壁により「みち」の領域を家の内部まで拡張させる。さまざまな抜けを介して取り込まれる光や風や雨、街のようにさまざまな世代間の交流や活動は、「みち」からそのまま住戸内部へ浸透し、循環していく。

塀を結ぶことで解かれる街

車社会が前提となってつくり出された道や街を見直し、車や自転車、人のさまざまなアクティビティを許容する「径」を街に生み出すことを考え、日本の住宅地に多く見られる、敷地を囲むように配置される塀に着目。
近年、倒壊などで問題視される塀を住宅地における共有資源としてとらえ、その塀を延長し、周辺住宅と共有することを提案する。道路をまたぐように住宅の塀同士を結び、人だけが通れる開口を設けて車の通行を制限することで、これまで移動のためにしか使われていなかった道が、人びとのさまざまなアクティビティを許容する「径」へと変化していく。
塀を延長することによって生まれる「径」は、住民の新たな生活の場となり、敷地境界を曖昧にさせ、街区という概念を解いていく。
塀というマイナスに捉えられがちな要素に延長するという少しの操作を加えることで、街全体に大きな影響を与え、人びとの生き生きとした活動を促す。

ケモノミチノマチ

「径」をインフラとしての大きな視点ではなく、人や動物が動き出す小さな一歩から考えた。
移動経路として便利な場所を、人や動物が長い年月をかけて通ることで生まれる獣道のように、人や動物や植物の意志が反映された「径」のある街をつくる。
アスファルトの代わりに、保水性パネルやヤシガラマットなどを織り交ぜながら土や草を敷き詰める。
それにより人や動物が通る「径」が自然に顕在化されていき、風景をつくっていく。
街に獣道ができることで建築の振る舞いも変化する。減築をしてできたピロティを街に開放し、人びとが集まれる場所をつくる。使われていない部屋を温室やテラスとし、生活の幅を広げていく。
獣道という考え方で人や動物の活動を顕在化し、建築と街の繋がりをつくることで、長い時をかけて「径の生まれる街」となっていく。  

HOMUNCULUS CITY

ホムンクルスとは、人の身体の重要な部分を大きさで表す概念のこと。
この考え方をきっかけとして構想を膨らませた。
人口減少が進む地方都市である群馬県前橋市をケーススタディとする。
これからの人口減少社会ではひとり当たりの私有地が大きくなりかねないが、豊かな公共性をもつ「地」の部分を増やすことが重要だと考える。
そこで、建物の輪郭を転写して道と建物の関係を反転させる。今までの道の上には線状の建物が建ち、街区は面的なオープンスペースへと変わり、より自由度の高いさまざまな使われ方をする「四角い道」となる。
四角い道は、それ自体の大きさや周りの建物との関係によって変化し、街に新しい価値を生み出す。  

積み上がる暮らし、連なる風景

生活の場所としての機能が道を介して結びつくことで、多様な表情が表れる住まい方を提案する。ひとつの住戸内にある機能を解体し、自由に縦方向に積み上げる。塔は従来通りの家族のまとまりを構成する。この塔状の住戸単位を複数配置し道で繋ぐことで、ひとつの家族間の関係性しかなかったこれまでの住居タイプに対し、それぞれの機能によって共有された他者との新たな関係性が生まれる。それぞれの道は形状や材質が異なり、人の集まり方や雰囲気に差異を生み出す。この住宅群は、これまでひとつの住宅に重ねられていたさまざまな行為が並列する新たな風景をつくる。

解かれる工場街

町工場という地域の資源に着目し、町工場を周囲に開放することで径の生まれる街の風景をつくる。敷地はものづくりの街、大阪府東大阪市。バブル崩壊以後、多くの町工場が閉鎖され、工場跡地はベッドタウンとしての開発が進められ、住工混在地域となっている。この住工の入り交じり方を新たに考える。既存の町工場を街に開放し、増加が見込まれる住宅を積層する。その隙間にそれぞれの機能が重なり合うような場をさまざまなレベルで設ける。外部をまたぎ、地元の商店や公共的な施設を巻き込みながら、場が広がっていく。人びとの活動がそうした場に反映し、その曖昧な道が、径となって新しい街の風景をつくっていく。    

境界帯住宅群

道とは街並をつくっているルールである。また、同時に、生活残余部分でもある。道路:交通を目的として計画したもの。路地:建築が先行して計画されたもの。このふたつの道が同時に現れるときに「径」が生まれる。敷地の更新に伴う住戸間の残余部分を設計し、「径」を生み出す境界インフラをもつ境界帯住宅群を提案する。生活インフラとなる高い境界帯と、お隣さんのコミュニケーションを促す低い境界帯を設定し、街区形成を段階的に構築していく。  

ファサードのない街

「道路」を前提とした都市では、「道路」と「建築」は明確に分けられており、その境界としてのファサードが垂直に立ち上がっている。建築と道路との境界としてあったファサードを変形することで、多様な動線を生むランドスケープをつくる。「径」を最初の基準として建物のヴォリュームやプランを決定する「径本位」のシステムで配された部屋は、「径」と直に接する。各部屋にSOHOやアトリエ、ショップなど、職と住の一体を前提としたプログラムが入ることで、この「径」全体がコミュニティの場として、地域の活性化に貢献する。    

限りなくマチに近いイエ

私の家の中にいろいろな場所があったらいい

誰かと共有したいわけじゃないでも街とつながっている感覚は欲しいこの想いをかたちにしたら,家は距離をもち,街の道を飛び越えた.距離は家と街との関係に,視界・音・気配の変化を与え,一軒の細長い家の中にいろいろな場所を産み出した.家の中にパブリックスペースをつくるのではなく,本来のパブリックスペースである道を家がまたぐことで道は家の延長として存在し,街に生活が溢れ出す.

「趣味」でつながる

現代社会において,人と人のつながりは希薄になりつつある.しかし一方で,現在の「ブログ」の流行に象徴されるように,人は自分の好きなことを他者に知ってほしいという欲求ももつ.中でも「趣味」は,その人が他者と価値観を共有したいと思う要素である.「趣味」によって人と人,もしくは人と街がつながっていけるのではないかと考えた.
そこでまず住宅の中に「趣味の家」をつくる.「趣味の家」は,住人が趣味を街に対して発信し,他者と共有する場である.趣味が行われるとき「趣味の家」は開かれ,街の一部となる.そして「趣味の家」が並ぶことで趣味のアクティビティが連続し,道路や隣地境界を越えた「趣味の道」ができる.「趣味の道」は街の人をも取り込むことで,公共性をもち,新たな街のインフラとなるだろう.こうして住宅は「趣味」を介して街に開かれていく.

第5回POLUS-ポラス-学⽣・建築デザインコンペティション
道からはじまる、これからの家

概要

向こう三軒両隣という言葉があった。向かい側の三軒と両隣の二軒、日頃、親しく付き合っている近隣という意味だ。田舎から届いたりんごのお裾分け。 夕ご飯ができてから、醤油が切れたのに気づいて、お借りする。中秋の名月を愛でようと、皆が縁台を出す。必ずしも家の内まで上り込む付き合いではない。むしろ、家と家の間に生まれる付き合い、往来。その付き合いが、路地、道を育む。生活が道に溢れ出すだけではない。道からはじまる生活、道からはじまる家がここにはある。そんな生活は、もはや過去のもの。今は、もう誰もそんな生活を望んでいない。
でも、本当にそうだろうか。もう、道と家がつながることはないのだろうか。現在だからありえる、閉じられた家のオルタナティブとしての、道からはじまる家はないだろうか。そのときの「家族」はどんなだろう。「プライバシー」や「防犯」はどうなるだろう。そこにはどんな、今の家にない愉しみがあるのだろう。今だから可能な「道からはじまる家」。みなさんのアイデアを期待します。

第10回 ダイワハウスコンペティション
空き家とつながる集合住宅

概要

建築を設計する時、建蔽率や斜線制限、防火の問題など多くのことが「道路」を基準に決まってきます。建築基準法で定められた「道路」は常識として受け入れられているものですが、建築も敷地もそこから大きな制約を受けており、街は道路に支配されている、といえるかもしれません。

では、車の通行を前提とした「道路」が、人や建築に寄り添った「径」に置き換わったとすると、街はどのように変わるのでしょうか。本コンペでは、既成の「道路」から解放されて人や建築が主体となり、そこに径が生まれてくる街の提案を求めます。

まず、敷地は架空でもリアルでも自由です。そこに数戸でも100 戸でも規模も機能も自由に、「道路」から解放された街と径の関係の提案を求めます。そして、その街の中の1戸あるいは1棟の窓から見える街の風景を表現してください。常識を乗り越え、制度を飛び越えるようなアイデアを期待します。

 コンセプト ~

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 サイトマップ ~
 コメント ~

​このサイトは建築設計を取り組む全国の建築学生へ先人の設計知識を共有し建築設計のレベルを上げるために作成しました。設計が就職するためや賞歴をつくるために終わらず設計をもっと楽しく新たな可能性に挑戦してくれると願っております。(清水)

Zenkoku Kenkomi​ 2020 ParticipatoryArchiveMedia

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