可動・仮設・屋台​ Movable / temporary

~  編集中  ~

このページでは提案要素ごとに参考作品をカテゴライズを行っています。

​対象作品は全国建築学生賞、全国卒業設計賞、JIA修士設計展、トウキョウ建築コレクション、せんだいデザインリーグ、荒レンガ卒業設計展、全国合同設計展、中部卒業設計展、ディプロマ京都、デザインレビュー、長谷工コンペティション、ダイワハウスコンペティション、ERI学生コンペ、大東建託コンペティション、フューリックコンペティション、パブリックスペースコンペティションです。そのほか、関連の動画、書籍、雑誌、建築物もカテゴライズを行い、最大級最先端、最高技術の建築設計プラットフォームを目指します。

マチ ナカ アート 可動と仮説的要素を用いた地域型展示施設の提案

近年、若手のアーティストたちが空屋を創作や展示の拠点とする試みが、全国各地で起こっている。また町中に作品を散在させるようなイベントも開催され、アートに関連する活動が町の中に展開しつつある。しかし、これまでの美術館など一般的な展示施設は、外部空間や町と接続することは少なかった。そこで本計画では地域に展開するアート活動に対応した形式をもつ展示施設を計画し、『アートとマチが連続する』ような設計プロジェクトを展開する。
 本研究では近年設計された美術館を調査・分析し、展示室とその他の空間の接続に注目し、作品鑑賞の際に展示室から展示室へと直接移動する「A.A型」、展示室から展示室の移動の際に展示室以外の空間を経由する「A.B.A型」に分類した。

 設計の計画地は、地下鉄半蔵門線清澄白河駅に近い街区とした。このエリアは大通りから離れた街区に木造低層住宅が建並び、穏やかな町並みが形成されている。また、東京都現代美術館の最寄り駅でもあることから、ギャラリーなどが集まるアートの町として変貌しつつある。ギャラリーと連携したアートイベントなどを想定し、鑑賞者が散在するアートの拠点とマチを交互に体験する行為を、アート拠点をA、マチをBとする、「A.B.A形式」の鑑賞型式と捉えた。計画施設のA,B空間とマチナカに展開する美術作品や関連施設を連続させることにより、アートとマチとがより密接に関わる空間の使い方や風景を生み出すことを試みた。

A butterfly in Brazil - リンク機構を用いた建具の研究 - 

建築におけるあらゆる境界のあり方はこれまで様々な議論がなされてきた。しかし、実際に建築に目を向けると、その境界を構成する窓や扉などの建具は当然のように既製品であり、遮光性や断熱性など性能ばかりが重視されている。もちろんそういった性能は建具において非常に重要な要素であることは言うまでもない。しかし、一方で建具は空間を仕切ったり繋げたりと、空間に変化をもたらす性質を持っており、今日ではそういった空間的側面から建具が論じられることはほとんどない。本研究は、性能ばかりが追求された今日の建具を空間的側面から見直すことを一歩めとし、その可能性を追求するものである。
具体的には、リンク機構というムーブメントを建具に取り込むことで新しい建具を開発した。リンク機構とは、カムやピストンなど機械の基本的な動作機構を扱う機構学と呼ばれる分野の伝達機構の一機構であり、通常、ある入力の動作速度、加速度を異なる出力に変換するものである。この機構を取り入れた建具は一箇所を動かすと他の部分も連動して動くという特性を有しており、これまでの単調な動作しかしない建具と一線を画すものである。こ の建具を設計の軸とし、抽象的空間モデル→建築→ランドスケープとスケールを上げていく中で、それぞれどのような事象が起こり得るかを考察した。

臨時建築が構成する仮設都市の可能性 日本橋恵比寿講べったら市を対象として

作品概要

 日本橋恵比寿講べったら市は大伝馬町の寳田恵比寿神社を中心に年に2日間開催される市であり、江戸から400年の歴史を持つ。その際に単管パイプを用いた「臨時建築」が街中に広がり一時的な「仮設都市」を構成することで期間中10万人もの人で賑わう。一方、この地域は江戸から続く老舗や住宅が次々と潰れ、住民の新陳代謝が激しい。そのためかつて呉服問屋や木綿問屋、旅籠屋街として栄えていたが、日常時は閑散とした地域となっているのが現状である。
 非日常時(べったら市)の「臨時建築」の展開を日常時にも応用することで旧大伝馬町における単管の循環を用いた半永続的な仮設都市の可能性について考察してきた。べったら市という仮設都市の歴史があるこの地域だからこそ実現し得る提案であり、近年のマンション建設ラッシュによって乱れた街の景観を統一する手段の可能性の一端を示すことが出来た。またこの提案によって、江戸時代から地域を支えてきたが現在縮小しつつある「は組」の伝統を維持することで旧大伝馬町としての独自性を保つ可能性も示せた。

那古野小劇場はまちを歩く

作品概要

 都市生活者は受動的になり本来の能動的参加を放棄した。都市は演劇が持っている興奮を内包しているべきである。人の活動がひしめきありまちを形成する参加性とゲリラ性が残る劇場はサーカス小屋のように街を移動し維持しつづける建築システムと園芸のような人間的で肉体的なものが共存しお互いに影響しあい、共鳴することでアンリアルが生まれる。

那古野小劇場はまちを歩く

作品概要

 情報化社会の発展は仮想空間で人びとを繋げ表現の場を与えた.しかし住宅は規格化され,自分を表現する場が実社会に少ない.暮らしは隠され,隣人は曖昧になっている.そこで,部屋の一部を可動とすることを提案する.住人は投稿するように部屋を使い動かし,暮らしが外部へ溢れ出す.溢れ出した暮らしは個性となって人と人を繋ぎ,多様な場をつくり出していく.隣人への興味が交流・学びへ発展していく.多国籍・多世代な個性が混ざり合い集合住宅がまた動き出す.

Vacan-Cycle

自転車屋台によるネットワーク的都市の再編を計画.街中に存在する空き家や空き地は自転車屋台の受け皿へと変容し,そこにさまざまな種類の屋台が重なることで生まれる小さなコミュニティから都市が活性化していくのではないだろうか.自転車屋台は集合住宅の住民がそれぞれ所有し,持ち主の特徴が現れるような屋台となっている.趣味の本で溢れかえった本棚が移動図書館になったり,アートなどの趣味が興じて外に滲み出していったり,飲食屋台など屋台を生業としている人がいたり.それらが街中を走りまわることで普段は交わることのなかった人同士の交錯を表出させ,都市の等身大の賑わいを取り戻す.

walls be…

壁をスライドすることで,部屋を拡張したり収縮したりでき,自分の庭をつくることができる住まい.部屋の交換や,生活を分け合う関係性を築いた.

屋台ネットワーク・ストリート

駅前や盛り場周辺,人びとの行き交う場所に時間限定で出現し,消える屋台.飲食や小商いの集うイベント感覚の場で,人びとの生活の場とは切り離されていた屋台が,新たなストリート機能を生み出す,多様性のあるモビリティ・ユニットとして提案する.屋台の運営者は,集合住宅を形成する住民自身だったり,街の人びとである.さまざまな機能を持った屋台が,あるときはそれぞれの生活ユニットの一部となって,またある時は,開かれたスペースに集まりマルシェとなる.生活の延長線上でありながら,使い方によってハレとケが変化する.屋台同士が繋がり,人が移動することで新しいストリートが生まれる.屋台が媒体となってコミュニケーションが生まれ,単なる集合住宅の住み手だけではない,多様な住民同士の関係が育まれていく.

ぱたぱたの表情 —扉×床が生み出す街のにぎわい—

外壁の一部である「ぱたぱた」を壁や床に転用し,世帯や時代のニーズに合わせて床面積の増減を可能にする.交互に噛み合う「ぱたぱた」は住居者同士のコミュニケーションなしでは,繋げることができない.一方が扉を開けて床を張り,もう一方も床を張って初めて部屋が繋がる.「ぱたぱた」を用いることで,住人はさまざまな時間の尺度の中でフレキシブルに住空間を変えることができ,建築も変化し続けていく.「ぱたぱた」で住環境を繋ぐだけでなく,それが人同士の関係を繋ぐ架け橋となり,その活動が建築を媒体として溢れ出し,街っぽさをつくる.

語られる家

この家には扉しかない。物を納める場所も、自分が生活する場所も、屋外に広がる都市も、扉を開くことで繋がる。この3つの領域が入れ子状に分けられた時、扉を開いた先に広がる向こう側の世界は「選ばれる世界」として統一される。どの扉を開くか、いつ開くか、どのくらい開くかを決めるのはいつも住人である。本能的な小さな選択が日々の生活に入り込んだとき、人は物語を紡ぎ出す。こうして食器を取り出すことから都市へ出ていくことまで、生活のあらゆる出来事が断絶のないひとつの物語となった時、建築と生活は共に語られ、愛に溢れていく。やがて、愛用している食器を取り出すようにオフィスの扉を開けて光の中へと受け入れるように、人を招き入れるだろう。今日もどこかで誰かが扉を開ける。たったひとつの物語は今日も世界中で生まれているのだ。

今日はだれのおとなりさん?

人は、世界中のどこかで他人と繋がるインターフェース=仮想空間(SNS)を手放すことはなく、私たちの暮らしは、常に多様性を生み出し、自由自在にかつ簡易的に、他者との距離感を構築することが可能になった。しかし物理的な「家」では、人びとの生活は完結しており、身動きを取ることができない。そこで床と壁を移動させることで、人と人の距離感が常に変化する建築を提案する。家という物理的な制限から解放されることで、家族というコミュニティ単位を越えた擬似的家族のような関係が住人同士で構築されていく。

まちのとびら

​住宅を解体し部屋を細分化する。それらの部屋と街を一枚の扉でつなぐ。扉の開け閉めによって住民の生活があふれまちの街の性質を変化させる。

tansu

たんすから物を引っ張り出すように,生活そのものを引っ張り出してしまう住宅である.空間と,押したり引いたりという身体的な動作を直結させることで,物と人と空間とがここでの生活と連動していく.住宅のちょうど半分を,物を収納する16のたんすにする.物干竿たんす,キッチンたんす,草花たんすなど,たんすはそれぞれ異なる幅と特徴をもつ.tansuでの生活はこれら16のたんすを押したり引いたりすることで始まる.たんすは物を取り出すだけでなく空間そのものにも影響を与え,敷地全体に空間が展開していく.tansuでの生活は敷地の枠を超えて家の回りに溢れ出し,街を少しだけにぎやかにしていく.

タワーパーキングによる21世紀住宅

タワーパーキングによる21世紀住宅を提案する.元来建築は行為を行うために自分がそこへ動かなければならない構築物である.しかしこの建築は行きたい場所が構築物の方からやってくることになる.タワーパーキングは耐用年数・車種の大型化・コインパーキングの乱立等により,小規模のタワーパーキングは用途をまっとうしきれていない現状である.このようなタワーパーキングはその価値がなくなりつつある.しかしパーキングは交通量が多く人びとの出入りの高い場所に立地するものであり,住宅やSOHOという用途を考えると適した敷地である.リノベーションすべきである.性格の異なるスラブが観覧車上にぐるぐるまわる.スラブが繋がる状態では上下間が遮断され,互い違いの状態では相互関係が強くなる.
回ることでさまざまな空間の組み合わせ・場所性を獲得し,動くこと=生活することがコミュニケーションを増発させる.

滲(しん)呼吸する家

東京には多くの密集住宅地と細い路地が広がる。密集した住宅地ではそれぞれが個の住空間を最大限確保するために建物と建物がせめぎあうそのような住宅地において最小限の個々の住空間は確保しつつ、可変の壁により、セットバックしたような拡がりを作り、まちや自然環境との共生を目指す。この家は3枚の異なる厚さの壁で構成される。2枚の 『個性を入れるための壁』が 『各個人の住空間のための壁』をはさむように存在する。 『個性を入れるための壁』は各住人に合わせ上下左右に動かすことができ下図のように壁が様々な用途に変用するにとができるこの壁を開くことでできる開口により、共に住まう住人やまち、自然環境に対して受動的に発信するまた、 『壁を開く』という行為自体が共通意識となり、共生を感じるキッカケとなる。

 コンセプト ~

このサイトは様々なサイトや学生団体をまとめるある種「建築学生の教科書的役割」を果たしています。サイトの情報は先輩から後輩へ引き継ぎ共有していくため日々更新を続け成長していきます。全国の全建築学生が共有できるよう友達にサイトを共有しよう。 リンク

 サイトマップ ~
 コメント ~

​このサイトは建築設計を取り組む全国の建築学生へ先人の設計知識を共有し建築設計のレベルを上げるために作成しました。設計が就職するためや賞歴をつくるために終わらず設計をもっと楽しく新たな可能性に挑戦してくれると願っております。(清水)

Zenkoku Kenkomi​ 2020 ParticipatoryArchiveMedia

This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now