建築の継承・保存 Architectural inheritance

~  編集中  ~

このページでは提案要素ごとに参考作品をカテゴライズを行っています。

​対象作品は全国建築学生賞、全国卒業設計賞、JIA修士設計展、トウキョウ建築コレクション、せんだいデザインリーグ、荒レンガ卒業設計展、全国合同設計展、中部卒業設計展、ディプロマ京都、デザインレビュー、長谷工コンペティション、ダイワハウスコンペティション、ERI学生コンペ、大東建託コンペティション、フューリックコンペティション、パブリックスペースコンペティションです。そのほか、関連の動画、書籍、雑誌、建築物もカテゴライズを行い、最大級最先端、最高技術の建築設計プラットフォームを目指します。

継承と発展
- 旧蒲原宿における職住一体の暮らしの場の提案 -

作品概要

近代化が進行する前の暮らしと生業の関係は、今日大きく変化している。ライフスタイルも変化し、人々の価値観の多様化が進んでいる。伝統的な住宅の形式に着目することで、今日の多様化するライフスタイルのひとつに応えられる、新たな暮らし方を提示できる可能性があると考えた。

静岡市蒲原町は江戸時代、宿場町として栄えたが人口減少の一途を辿っており、宿場の町並みが薄れつつある。ライフスタイルや人の関わり方が変化してきた今日において、建築も形態を変える必要があると考える。宿場町の町並みは東海道に並行に立面が立ち上がっており、町並みは水平性が保たれ、統一された景観を保っている。そこで、東海道に対して建物の軸を45度ふり、和小屋を4本柱で支える新たな架構を提案する。軸をふることにより通りに対して建築をひらき新たな人と建築の関係を作り出し、4本柱のもつ厚みにより暮らしの場をより豊かなものとして提案する。

地方社会におけるアイデンティティの創出として宿場町の特産であったもの、町並みを継承し、今日におけるライフスタイルや人の関わり方の変化にあわせ、新たな建築形態を提示することで、持続可能なまちを目指す。

ベトナムの都市住宅“重ね屋”への試行
- 伝統木造建築の重ね梁からの展開 -

作品概要

現代のベトナムの抱えている問題は”文化の断絶”、”家族の分解”、”住宅の光と熱環境”の3つである。木材不足と伝統の軽視がとても暑い風土に合わない壁式住居が全土を埋め尽くしている理由である。分析では、断面で《家族》祖先壇(仏壇)の威厳を表現する建築架構の”重ね合わせの意匠の文化”を発見し、平面で《環境》過去の伝統木造家屋にベトナムの風土に対する優れた解答である”重ね合わせの空間”を見つけた。ベトナム南部サイゴンの壁式住居が整然と並んでいる風景、そこにはかつてあった風土との適切な関係性はない。この一角に文化・家族・環境の問題を現代的に再編する都市住宅”重ね屋”を提案する。伝統建築からベトナムの風土に対しての関係性を分析することで得られた、池を設け気圧差で風を生みながら、普段は内部だが雨の際には外部になって雨水が入ってくる重ね合わせの空間と、祖先の威厳を表現する重ね合わせの意匠を現代都市住宅へと昇華させた。ベトナムの風土に合った”重ね合わせの空間”と竹の架構に昇華させた”重ね合わせの意匠”を併せ持つ”重ね屋”がベトナムに伝統の可能性と重要性を問う。

半麦ハット

作品概要

この修了制作は、淡路島での洋服店の実施設計をめぐる、「見慣れすぎて見えていないもの」をそのままにしておくためのひとつの試みです。(2019 年夏竣工予定)

この地域は、農地・漁港・工場・新興住宅などの様々な風景が入り混ざった、一見特徴のない、どこにでもある郊外のようです。しかし、微差ながらも個別の情報が読み取れ、一概に「どこにでもある」とは言い難く、街の生々しさを表しています。このような、街にある異なるスケールや目的を持つ風景を「カケラ」と名付け、全てを等しく扱おうと試みました。

私は「カケラ」を形態として扱い、それらを組み合わせて設計を行います。設計を通じて生まれた新しい意味(用途や質)は、新たな形態として街に現れます。そして、住民の目に風景として映った時、違和感を起こすような建物を設計しました。

ゾーニングには1/100 のアクソメや模型を、素材のおさまりには実物によるモックアップなど、目的によって全く質の違うツールを扱いました。このような、カケラの持つ情報とツールの選択によって設計を積み重ねた結果、スケールによる設計順序のヒエラルキーから自然と外れ、カケラに平等に価値が与えられた一軒の建築として現れました。

設計者として、建築設計が持っているセオリーに懐疑的になることを、カケラが支えてくれています。

島業の建築 -興居島・移住促進施設による新たな公共の提案-

作品概要

 この一年、私は日本の離島を訪れる機会が多くありました。独自の文化と空気が流れる場所に惚れ込み、社会の縮図である離島のこれからについて考えたいと思ったのが、本修士設計の始まりです。
 島の魅力ある資源を最大限に活用し、島全体で稼ぐ仕組みや生き方、「島業」を構築するための3つの建築の提案です。既存の都市計画による、どこにでも適用されてきた公共の骨格がいよいよ成り立たなくなってきた昨今、そもそも場所独自の文化やそこにしか流れない場の空気と同じように、その場所でしか成立しないような新しい、そして恒久的な公共の骨格を再発見し、建築することで、これからの街の生き方を再構築していくことが建築家の役割として求められているのではないでしょうか。
 愛媛県松山市・興居島の移住促進施設新設に伴う、ヨソモノを受け入れるという起爆剤によって、島の暮らしと公共の骨格は新しく読み替えられます。決してなくなることのない「生業」を介したコミュニティをキーワードに、島の構造の再発見を通して、既存の地域資源と連関し、この場所でしか成立しない島の全体性を、建築することによって再構築します。

既存形態の構成を援用した福島県白河市白河市中央公民館の建替計画 -再生建築における建築的部位と空間構成の分析を通じて-

作品概要

高度経済成長期に整備された公共建築は、一斉に建替え更新・修繕を迫られている。社会ニーズ変化によって設備更新の利便性が追求され、人口割合の変化によって公共施設の長寿命化が求められ、そして公共建築が地域文化の形成を担った事実は忘れ去られた。公共建築の整備において、建替以前の存続実績は考慮されていないのだ。一方で、再生建築をはじめとする既存建築活用の機運は依然として高まり続けている。再生建築は、建築が持つ社会的持続可能性を提示し、地域社会の文化・歴史性の保全を示唆する。従来の建替行為は、以前存在した建物の系譜を断ち切る行為だった。現在求められるのは、地域文化の形成を担った既存建築を社会的持続性に応答させる建替行為、すなわち”踏襲と更新の双方を兼ね備えた設計手法”だろう。
建替行為が持つ建替前後の断絶的関係に対して、建替以前の建物の姿を”既存形態”と定義し、この既存形態を踏襲することで設計プロセスに援用する。同時に、再生建築に見られる空間構成の操作を分析・適応することで、”建築の透明化”を実装した。公共建築が存在していた街区を再生するように、既存形態と建替行為と未来の増改築に「断続的な関係性」を生み出した。本提案は、再生建築と新築を調停する中庸的な設計手法の開発と提示を目的とした実験でもあるのだ。

作品概要

建築の蓄積してきた魅力、歴史性を活かすための新しい建築手法の提案である。
新橋駅と有楽町駅の間、賑やかな飲み屋街の合間に印象的な「インターナショナルアーケード」という看板を掲げた人通りの少なく暗い通りがある。
1964 年の東京オリンピック時にできたものであり、当初オリンピックの為にデットスペースを解消しようという事で作られた場所であり、その他にも日本最古といわれる煉瓦アーチ高架橋、東京高速道路など4つの高架橋が併存する。周辺は活発に成長し開発が進んでいる場所に一点、さまざまな時間を内包し続けてきた場所がある。そのような事例の再構築手法を模索した。
そのきっかけとしてレトロフューチャー(懐古的未来)という分類のイラストを分析し、空間それぞれの持つ速度性と、その空間が重なり風景を作る事によりそれを見た人に多様な体験を与える事に着目した。計画地の多層的な高架の関係性を活かしながら、この建築の見え方を変えるように建築を部分的に撤去、新たに異なる速度感を持つ建築装置を付加していく事で、新たな視点を持つ風景へと変化させる。
意識されてこなかった建築の魅力、その見え方を変える事で新たな風景として残していく為の可能性を示せたらと思いこの修士設計に取り組んだ。

懐古的未来建築  多層的な時間を内包する空間手法の提案

作品概要

 寺院は宗教施設であるが、それと同時に地域の拠点としてもかつては様々な人々に利用されてきた。しかし、近年では檀信徒が利用するに留まり、地域の拠点としての機能は失われつつある。現状、利用する人々がいなくなり、守り手である住職もいなくなった寺院はただ朽ちるのみである。本提案は、宗教施設としての役割しかもたなくなりつつある寺院の在り方に対して警鐘を鳴らすものである。設計にあたり、信仰はもちろん、寺院の歴史的価値にも目を向け、それらを守り、宗教に対する理解を深めることをテーマとした。それを踏まえ、境内の雰囲気は残しつつオープンな公園としての役割をもたせ、寺宝と歴史の展示により宗教に対する理解を促すことで、檀信徒以外でも利用できる施設とすることを考えた。境内では子供達が遊び、美術館では、寺院の歴史に関しての学びがあり、そして本堂や墓地では死者の供養が行われる。様々な人々がこの場で様々な活動を行い、お寺という場所が本来の役割を取り戻し、地域の人々の活動拠点として継承されていく。
本提案を通して、衰退しつつある今後の寺院の施設機能の多目的化による再興の可能性を示すことができたと考える。

生きられる寺院空間の公共性に関する研究 - 無住寺の記憶を継承する祈りの寺宝美術館 -

作品概要

石庫門様式の民家は、上海の一大景観であり、この都市の建築文化を構成する重要な部分でもある。

1990 年代から、上海における都市化が進展し始め、国際的な大都市を目指す都心部では再開発や再整備が急速に行われ、それに伴って多くの新しい建物の建設が進み、集合住宅、道路などの建設により、石庫門の建て替えや取り壊しが発生した。この20年間、約4割の石庫門建築がすでに取り壊された。石庫門建築は徐々に路地の奥に隠れるように残る形になった。

石庫門建築の保存の現状を見ると、外観は立派でも建物内部の老朽化や居住環境の悪化、石庫門建築の商住併用化、庭での増築などの問題が発生しています。これらの石庫門建築に対して、今後の保全活用のあり方について検討することが必要である。

本研究は、石庫門の集中している上海内環区域を調査対象地区として、石庫門建築の利用の現状や空間変容、それらに伴う居住環境の変化などを調査し、石庫門の入居者に対する居住環境の満足度や石庫門の現状への評価、保存意識などについて把握し、その上で、石庫門建築と上海伝統的民家の保存と改築のあり方について研究し、具体的なデザインの方案を提示することを目的とする。上海で実際の敷地「東斯文里」を選定して、改修の提案を出す。昔と現在の様子を対比して、それぞれの良さを残し、不足な部分を補い足して、石庫門を引き続き住宅として利用の可能性を研究する。

上海石庫門建築の保存と改築
継承する廃墟
- 釡石鉱山選鉱場跡地をウイスキー蒸留所と宿泊施設へ -

作品概要

岩手県釡石市は近代製鉄業発祥の地である。この場所に釡石鉱山選鉱場の跡地が存在する。選鉱場とは鉱石を発破によって採取するようになった頃から、鉱石とそうでないものを選鉱する場所である。斜面地に建つ堂々たる姿は現在解体されてしまったが、基礎・擁壁部分は今もなお姿を残している。釡石の歴史的アイデンティティともいえるこの場所を、維持・更新していくことを今修士設計のテーマとする。

その為には、釡石市全体の中でこの場所をどのように位置付けるかが重要である。私は、釡石市に存在している様々な可能性を調査し、「生産の場」「新たな拠点」としての機能がこの場所にふさわしいと結論付けた。「生産の場」として具体的にウイスキー蒸留所を提案する。釡石市には鉱山から採取できる天然水が存在する。釡石港によって流通面の確保、豊富な木資源は樽や発酵槽に最適である。

原料の大麦は隣盛岡では盛岡冷麺が有名なほどの産地である。そしてウイスキーに重要な蒸留器は銅でつくる必要があるが、釡石鉱山では銅の採掘も行っており、現在でも銅鉱石は存在している。釡石市に存在する資源をフル活用することで、完全釡石産ウイスキーづくりは可能である。また釡石には多くの産業遺構が存在する。その一つ、橋野高炉は世界遺産に登録された。そうした多くの遺構は市街地からのアクセス難が問題点である。よって選鉱場跡地を利用した宿泊施設を提案し、新たな拠点づくりを目指した。

『上野恩賜公園日本美術館構想』
-東京国立博物館既存施設群改修及び上野公園への拡張計画-

上野恩賜公園内の東京国立博物館は、明治15年に誕生し150年の歴史を持つ日本最古の博物館であり、開館以来日本の歴史・文化を伝える重要かつ中心的な博物館施設であった。しかし、近年の芸術を取り巻く環境の急激な変化・文化の多様化により、大きな変革期を迎えている。博物館自体の経年変化・増築を繰り返してきた事による、既存施設群の機能不全や教育機能の不足など新しい時代に対応した施設とは言いがたい状態である。  
また、上野恩賜公園には、国立西洋美術館・東京都美術館など、様々な文化施設が存在し、芸術・文化の集合地域となっている。広大な公園の中に、周辺環境に溶け込む様に多数の文化施設が点在している現状は非常に魅力的であり、世界的に見ても貴重な地域である。しかし、現在それぞれの施設群は、単体として存在しており、各館の連携は非常に弱い状態である。  
そこで、上野公園内の中心的施設である東京国立博物館を改修・拡張し、日本美術を『歴史として学ぶ』のではなく『美術として鑑賞する』ことの出来る美術館へと変容させ、拡張する際に周辺施設との動線・ランドスケープ等を再構築することで、他施設群との連携を強め、上野公園全体を世界に誇る文化芸術地域とする。

上野公園芸術文化フォーラム
-東京都美術館を活用した芸術文化活動支援施設の設計-

上野恩賜公園内に立地している前川國男によって設計された東京都美術館は、現在老朽化に加え、他館との機能重複などから、美術館としての転換期を迎えており、新たな役割を考える必要がある。今後、このような文化施設建築への対応が求められることは必然であり、機能低下した施設の建築的価値を見いだし、保存、活用することで新たな時代に対応した建築へ転換する必要がある。
 また、上野公園には様々な文化施設が多数存在しており、芸術・文化の集合地域となっている。しかしそれらの施設はそれぞれが独立した単体として存在しており、同じ地域に集合しているという好条件を活かせているとは言えない状態にある。これらの施設群の関係を再構築することで、より魅力的な芸術文化活動の舞台となるのではないだろうか。
 本計画では、東京都美術館を設計対象とし、既存の建築を活用し、市民のための芸術文化活動を支援する施設へと転用させた。そして、上野公園内及び周辺の文化施設同士をひとつの大きな施設としてとらえ、新しい上野独自の芸術文化地帯(上野公園芸術文化フォーラム)を形成するための公園のランドスケープデザインを提示した。新しく転用された東京都美術館は、周辺施設の機能を補完するとともに、上野公園芸術文化フォーラムの中の中核として、上野公園全体をより活性化させるものとなる。

第4回POLUS-ポラス-学⽣・建築デザインコンペティション
土蔵をつつむ今、今をつつむ未来

概要

もとからあるものを大事にする。それは、必ずしも過去を向いた話ではない。もとからあるものを大事にするとは、裏返せば、将来大事にされるものをつくる、ということ。時代が変わっても、残しておきたい。もともとの用途が意味をなくなっても、他の用途に代え、使い続けたい。
そう思われるものをつくろうではないか。もともとは防火を目的につくられた土蔵で、魅力的な建築がある。そんな土蔵を残して、小さな町をつくる。土蔵は、どんな用途に代えて使えばいいだろうか。その小さな町にとって、土蔵でなければできないこととはなんだろうか。 

土蔵だけでない。100年後、その土蔵とは別に、今つくる「なにか」も、残されるようにしたい。その「なにか」とはなんだろうか。その「なにか」は、どういう魅力があるから、残されるのだろうか。過去と、現在と、未来が重なりあう町を想像してほしい。みなさんのアイデアを期待します。

 コンセプト ~

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