リチャード・ロジャース Richard George Rogers

リチャード・ロジャースは、イギリス建築家。彼の建築はモダニズム建築の影響を受けた機能主義的なデザイン、およびハイテク志向の建築デザインで知られている。ロジャースはフィレンツェに生まれ、ロンドンの建築学校である英国建築協会付属建築専門大学通称AAスクールで学び、1959年ディプロマ取得。卒業後はアメリカへ留学。イェール大学大学院を1962年に卒業した。

イェール大学でロジャースは同じく学生だったノーマン・フォスターと知り合い、イギリスに帰った後でフォスターおよび自分たちの妻(スー・ロジャース、ウェンディ・チーズマン)の4人の建築家とともに「チーム4」という建築の実験集団を結成し、ハイテク志向・工業志向のデザインで評判を得た。1985年には、RIBA(王立英国建築家協会)のRIBAゴールドメダルの授与を受けている。2007年プリツカー賞受賞。現在ロンドンのほか、東京、マドリード、バルセロナ、ニューヨーク(プロジェクトオフィス)に事務所を設立している。また、2007年に事務所名をRichard Rogers Partnership より、Rogers Stirk Harbour + Partners へ改称。2012年には、新国立競技場のコンペ審査員(国外代表として2名)を、ノーマン・フォスターと共に務めた。

【ポンピドゥー・センター1972年】

ジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センター  通称「ポンピドゥー・センター は、パリ4区のサン=メリ地区にある総合文化施設である。首都パリの中心部に造形芸術のほか、デザイン音楽映画関連の施設および図書館を含む近現代芸術拠点を設ける構想のもと建築家レンゾ・ピアノリチャード・ロジャースおよびチャンフランコ・フランキーニが設計を行った。デザインが斬新すぎて歴史ある建物が立ち並ぶパリの美観を損ねるなどの批判があったが、レンゾ・ピアノは「いかめしい文化施設のイメージを破壊したかった。これは芸術と人間のこの上なく自由な関係の夢であり、同時にまた、街の息吹が感じられる場である」と語った。

ポンピドゥー・センターは、7階地下3階建てのポンピドゥー・センター(延床面積103,305 m²)は、公共情報図書館( 1階から3階)、国立近代美術館( 4階から6階)、レストラン、カフェを含む屋上、2つの映画館、多目的ホール、会議室により構成され、さらに附属施設として敷地内に国立音響音楽研究所 がある。欧州最大、世界的にもニューヨーク近代美術館  に次いで第二の規模である。2010年、ポンピドゥー・センターの分館としてポンピドゥー・センター・メスが開館した。設計は、日本人建築家坂茂、フランス人建築家ジャン・ド・ガスティーヌ、英国人建築家フィリップ・グムチジャンが共同で手がけた。

一方、建物外側に工事現場の足場のように鉄骨を組み立て、ここに電気、水道、空調の配管設備、階段、エスカレーターなどを配した斬新なデザインは物議を醸し、「パリの美観を損なう前衛芸術」、「配管設備のノートルダム」、「芸術の倉庫」、「ガス工場」、「石油精製工場」「文化のがらくた置き場」、またはアクアリウムプラネタリウムをもじって「ポンピドリウム」などと批判された。ジャン・ボードリヤールは『ボーブール効果』のなかで「文化のハイパーマーケット」と形容した。

これらの設備はカラーコードで示され、青は空気の流れ(空調)、緑は水の流れ(水道)、黄色は電気の流れ、そして赤は人の流れ(階段、エスカレーター)を表わしている。レンゾ・ピアノは「いかめしい文化施設(建築物)のイメージを破壊したかった。これは芸術と人間のこの上なく自由な関係の夢であり、同時にまた、街の息吹が感じられる場である」と語った。

【ロイズ・オブ・ロンドン1979年】

ロイズ・オブ・ロンドンとは、ロンドンにある世界的な保険市場である。一般的には「ロイズ」として知られている。ノーマン・R.フォスター設計の香港上海銀行と並んで 20世紀建築表現上での技術表現の到達点とされる。単純な直方体の内部に巨大なアトリウムをもたせ,その外部には,6基のが不規則に配置されている。ここでは,メカニズムを露出させることによって人々にある種の技術ロマンチシズムを与えることで,技術の枠組みを文化的創造へと昇華させている。建物の中も外も、メタリックでパイプがたくさんある化学工場のように見える。外観で一番目を引くのは外階段で螺旋を描いた階段をステンレスのパネルが覆っているので、電動ドリルの刃のような形になっている。他にも工場のように空調や電気などの配管も外側にむき出しの状態で設置してある。内部は、ほぼ空洞で、中央にあるエスカレーターが印象的。また、壁がほとんど無くオープンオフィスの形をとっているのは、業務が増えることも想定して、オフィスの形態を自在に変えられるように設計されているからです。

一様なハイテクスタイルでくくられてしまうことが多い 3人の建築家の差異は,ロジャーズがみずからはほとんど図面スケッチを描かず,人をうまく組織することによって全体を構成していくというプロセスがほかの 2人と比べて突出している。

【 ロイズ オブ ロンドン  】

ロイズ オブ ロンドン リチャード ロジャーズ|Richard Rogers Lloyd's of London

【ミレニアム・ドーム1999年】

イングランドロンドン南東部グリニッジ半島にある世界最大のドームの旧称。現在は複合施設「The O2となっている。ドームは12本の黄色いマストからケーブルによって吊られている。設計者はリチャード・ロジャース。このドームは当初、展覧会「ミレニアム・エクスペリエンス」の開催を主な目的としていたが、プロジェクトには収益の悪化など相当な問題があり、展覧会終了と同時に一時閉鎖となった。2005年にドームの再開発を行い、大規模娯楽施設「The O2」として2007年に再開業している。ミレニアム・ドームは、単一の屋根を持つ構造物としては世界最大規模のものである。その外観は100mの高さの黄色いマストに吊られた巨大な天幕である。ちょうど正円を12等分した位置に立つマストは、12の「時間」「月」を表現し、グリニッジ標準時の役割を象徴している。屋根は貝殻のように波打った円形であり、直径は365mであるが、この数字も「1年=365日」を象徴した値となっている。この象徴的で巨大な建物は英国のランドマークのひとつとして著名となっており、ロンドン航空写真でもよく目立った存在である。

ミレニアム・ドームとカナリー・ワーフの設計はリチャード・ロジャース卿、監理はロバート・マッカルパイン卿である。構造設計はビューロー・ハッポルド社によるもので、膜構造の屋根の重量がドーム内に含まれる空気よりも軽いという、徹底した軽量構造である。ケーブルネットワークの吊構造である。天蓋はテフロンでコーティングされた耐候性ガラス繊維製で、中央の高さは50m。ブラックウォール・トンネルからの通風口のせり上がりなどの細部を除けば、ほぼ対称形をなしている。

日本テレビ放送網汐留社屋2003年

日本テレビタワー(にほんテレビタワー)は、東京都港区にあるビル。日本テレビ放送網株式会社の本社および生放送の報道・情報番組と一部のバラエティ番組が制作されているテレビスタジオを有する。2004年2月29日、主調整室が麹町の社屋から移転し、日本テレビタワーからの放送を開始した。通称、日テレタワー。汐留シオサイト汐留再開発地区)にある建築群の一角であり、世界的建築家リチャード・ロジャースが基本構想を手掛けた。施工は清水建設。建物外部四隅に柱を露出させた理由は、容積率緩和措置を受けるため。その他、地上2階の受付前フロアを自由通路とすることによっても容積率緩和措置を受けている。建物の構造は上層と下層で分かれる。下層はスタジオなど番組制作の機能が集中し、フレキシブルな構造で床を取り払っても支障がない。スタジオの増築やオフィスへの転用も可能となっている。これは、汐留への本社移転が決定した際に、当時日本テレビ社長だった氏家齊一郎が「将来テレビ局という業種はなくなる。その時のために新社屋は貸しビルにできるような構造にするべき」と提唱したためである。上層はオフィスビルとなっているが、最上階にもスタジオがある。

日本テレビタワーは,建物用途およびマスメディ アを取り巻く時代背景を考慮し, Sustainability(可変性,環境調和性) Sympathy(双方向性,機能性,創造性) Safety(安全性,公共性,信頼性) を基本コンセプトに置いて計画が進められた。放送局の中でも特に変化の激しいコンテンツ制作工場部分は,四隅のメガトラスをメインフレームとするスーパーストラクチャーとし,約70m× 30mで高さ20mの大空間を確保しています。この 空間内においては,構造的に自由に床を設ける (外す)ことが可能であり,事務室→スタジオ, スタジオ→事務室といった,機能の変更にも対応 可能なフレキシビリティを有しています。バットレスと呼ばれている建物四隅のメガトラス は,テレビ塔をイメージさせ,両サイドのガラス 貼りのエレベーターシャフトは,情報のスピード感を表現し,間に挟まれた大空間にはスクリーン のイメージを持たせています。

【 日本テレビタワー 】

Richard George Rogers-Nippon Television Tower(日本テレビタワー)

バラハス空港第4ターミナル2005年

日斬新なデザインが利用者の目を引くマドリードの巨大な空の玄関口

スペインの首都マドリードにあるこの国際空港は、世界でトップクラスの乗降客数を誇る。年間70万人以上が利用する、巨大な空の玄関口。正式名称はアドルフォ・スアレス・マドリード・バラハス空港。スペイン民主化期の大統領、アドルフォ・スアレスの功績を称え、2014年に旧名から改名された。2005年に開業した第4ターミナルは、イギリス人の建築家、リチャード・ロジャースの設計。波打つようなデザインの屋根と、そこから木漏れ日のように優しく差し込む自然光カラフルな支柱が、利用者にインパクトを与える。ただし、空港の使いやすさでいえば、他の都市部の巨大空港には劣る。アントニ・ガウディを生んだ国だけに、機能性よりもデザインの斬新さを重視している。

【慶富集團營運總部大樓2007年

1989年に「Qingfu Shipbuilding Company」を設立したQingfu Groupは、世界で4番目に大きいコンテナ港がある高雄市に本社を建設することを選択しました。これは、間違いなく高雄港と台湾の造船産業の歴史的発展の証です。また、グループと海洋産業の間の企業の深い感情を強調しています。今日の清風グループには、造船、漁業、タンカー、観光、技術、機関車製造など、さまざまな事業分野が含まれており、グループの経営資源の統合需要に基づき、本社ビルの建設を推進し、2005年9月18日に発表しました。 2007年12月25日に正式に地面が破壊され、就任式が行われました。

Qingfu Groupの本社ビルの総建築面積は2,060m 2で、地上10階、地下2階です。建物全体が鉄骨構造になっています。世界の環境保護建築の動向に対応するとともに、オーナーや建築家の表現したいことを十分に反映しています。ハイテクで軽くて繊細な建築様式

この事件の最も目を引く側面は、民間企業が英国の建築家であるリチャードロジャース(会社の名前は現在、ロジャーススタークハーバー+パートナーズ)をチーフデザイナーとして国際的なイメージ募集により招待し、最も代表的な企業精神とイメージを作成することでした。高価ですが、企業イメージの向上に役立つだけでなく、台湾の建築環境のより肯定的な指標であり、高雄に別の世界クラスの建物をもたらします。

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