オットー・ワーグナー Otto Wagner

オットー・ワーグナーは、オーストリア建築家都市計画家。ヴァーグナー、ワグナーとも表記される。新しい造形をめざしたウィーン分離派の中心人物の1人。「芸術は必要にのみ従う」と主張し、機能性・合理性を重視する近代建築の理念を表現した。建築作品のほとんどはウィーンにある。

当時はリングシュトラーセを飾る公共建築が数多く建てられ、歴史主義的な建築観が主流だった時期である。ワーグナー初期の作品も古典主義的なもので、連邦銀行ワーグナー別邸都市計画案アルティブスなどがある。1890年に市の都市計画顧問に就任し、ウィーンのための都市計画プロジェクトの準備に取り掛かる。同年以降、ウィーン市の交通施設・ドナウ整備委員会に参画し、ドナウ運河の水門、ウィーン環状鉄道の駅舎、トンネル、橋梁などの計画に関わった。1894年にハゼナウアーの後任としてウィーン美術アカデミーの教授に就任した。1897年、画家グスタフ・クリムトを中心にウィーン分離派が結成されると、ワーグナーの教え子ヨゼフ・マリア・オルブリッヒヨーゼフ・ホフマンが参加。やがてワーグナー自身も分離派に加わった。この頃の作品には、マジョリカハウス、カールスプラッツ駅など、歴史主義を離れ、アールヌーヴォー的な傾向が強くなる。1905年、内部の対立からクリムト、オルブリッヒ、ホフマンらとともに分離派を脱退した。

【 オットー・ヴァーグナー 】

ウィーン オットー・ヴァーグナーパビリオン

【ワーグナー別荘I】

現エルンスト・フックス美術館

【アンカーハウス】

古典主義的な構成であるが、低層部分をガラスのカーテンウォールとする。

【マジョリカハウス】

植物模様のマジョリカタイルで壁面を覆ったアール・ヌーヴォー風の集合住宅。

【カールスプラッツ駅】

鉄骨構造になっていて構造体であるむき出しの鉄骨組にはめ込まれた二センチメートル厚の大理石版を外装に、そして鉄骨に支持された五センチメートル厚の石膏プラスター壁を内装として構成されている。両材の間隙は三センチメートルである。相互に向き合った2つの建物からなり、それぞれに一つのプラットホームを有する。

【ドナウ運河堰監視所】

一階部分には他に堰止め板と付属品用の倉庫があった。また最上階の大きなガラス窓のある部屋は固定クレーンの操作室となっていた。二階の中央部とその上部の頂塔のような最上階に、ウィンチのついた固定クレーンが備え付けられ、固定クレーンがドナウ運河に面したファサードを突き抜けて突出していた。

【シュタインホーフ教会堂】

古典主義的な構成であるが、低層部分をガラスのカーテンウォールとする。

【郵便貯金局 Postal Savings Bank

ガラスに囲まれた中央ホールによって近代建築の抽象的空間を生み出している。外壁の仕上げ石材をビスで留めることで、張りぼてであることを率直に表現する

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